徳島からBoa tarde

徳島ヴォルティス関連のこと。

ラバイン監督 徳島での日々について語る

ホームゲーム3連勝。ホームスタジアムがいい雰囲気になるのが嬉しい今日この頃ですが、久しぶりにラバイン監督の記事がスペイン現地紙に掲載されました。

 

www.noticiasdegipuzkoa.eus

 

今回はレアル・ソシエダの本拠、サンセバスティアンがあるバスク州ギプスコア県の現地紙のようです。バスクのニュースだけど、バスク語じゃなくてスペイン語ということで、ラバイン監督が就任する前に、「スペイン人監督が来たらいいな~」と思って少しずつ勉強していたスペイン語を使うチャンス。

 

少しでもラバイン監督の想いや人柄を知る日本人の方が増えたら!と思い、訳してみました。

それではどうぞ!

 

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ラ・リーガ最初の14試合で、レアル・ソシエダは26ポイントを稼いだ。最終的に獲得した71ポイントの3分の1以上のポイント数であるが、この時期が、チャンピオンズリーグ出場を成し遂げるにあたって重要な期間であった。そしてこのリーグ最初の期間に、ベニャート・ラバインはイマノル監督のテクニカルチームの分析官として、チームが成功するにあたってのひとつのピースとなっていた。その後、ワールドカップによる中断期間中に、日本からの誘いを受けて、彼はクラブを去ることになった。

 

―昨年の12月、シーズン途中でしたが、あなたはラ・レアルでの分析官としての仕事をやめ、徳島ヴォルティスJリーグ2部)の監督となりました。何が起こったんですか?

 

とてもスピーディで、予想していなかったことでした。ラ・レアルでは、分析官として働いていましたが、私はいつも自分自身のことを監督として適した人間だと思っていましたし、いつか実際に監督になりたいとここ数年間思っていました。物事は起こるべきタイミングに起こりますが、ワールドカップの中断期間中、まだ11月の頃に、日本の徳島ヴォルティスに来ないかというオファーがありました。監督への扉が開くのなら、理想は別のタイミングでしたが、その時に扉は開き、私は決断をしなければなりませんでした。

 

―監督になるということを決断することは難しかったですか?

 

かなり考えましたよ。難しい決断でしたが、その時にロベルト・オラベとイマノル・アルグアシルがサポートしてくれたことには感謝しています。二人が納得してくれたら、私はラ・レアルを去ろうと思っていましたが、彼らは私のことを理解してくれました。私のことをわかってくれて、このチャンスを逃すなと励ましてくれました。もちろん、人生の友と呼べる人たちがいる、本当に素晴らしいチームを去ることはさみしかったですよ。

 

―ラ・レアルでの仕事は、監督という仕事をするにあたって役立だったのではないかと思いますが。

 

間違いなく役立っています。ラ・レアルでの分析官としてのステップは、過程の中の一部です。あるタイミングで、監督となるチャンスは必ずやってくるということはわかっていたので、すぐにでもベンチの中で監督としての仕事がしたい、とあせることはありませんでした。学ぶことや自分自身を鍛えることに集中していました。あのラ・レアルでの5年間がなければ監督にはなれなかったでしょうし、今私が仕事をしている場所にもいないだろうと思います。私にすべてを教えてくれたイマノルを含め、この分野で世界のトップといえる人たちと私は何シーズンも一緒に過ごすことができたのです。

 

徳島ヴォルティスの話の前には、別のように物事が進む可能性もあったのですか?

 

ええ、いくつか別の選択肢も私のところに来ていました。しかし過程というものはしっかりとしたものでないといけません。徳島ヴォルティスには、私が求めていたすべてのものがあると思っています。日本では、計画やプロジェクトというものが大切にされていて、監督にも、計画を進めていくための時間が与えられます。また、日本の一般的な選手たちのタイプも、私がしたいと思うことを形にしていくにあたってぴったりだと思っています。

 

―あなたの家族が日本で暮らしているということも重要なプラスの要素ですよね。

 

家族はなくてはならないものです。一緒に来てくれたので、私は幸運だなと思っています。私の妻は仕事をやめて、私と1歳半の娘と一緒に日本で過ごしています。監督という仕事は多くの時間、彼女たちを二人だけにしてしまうものですが、私にとっては、彼女たちが幸せでいてくれることが一番で、一緒にいてくれることが本当に力になっています。私たちは、穏やかで素晴らしいこの国で暮らすことができて、幸せだと感じています。

 

―あなたはどんなチームに入ったのですか?徳島ヴォルティスについて教えてください。

 

ラ・レアルと価値観が非常に似ているクラブで、ラ・レアルとは最近提携を結びました。徳島は育成組織を非常に大切にしていますし、監督には時間を与えてくれます。これらは一般的に日本のクラブの特徴といえることですが、徳島は特にこの特徴がはっきりしているクラブです。

 

―非常に多くの選手がクラブにいるのですよね。

 

ええ、36人の選手がいますが、日本では普通のことです。セカンドチームがないですし、リーグ戦も一つのディビジョンに22チームが所属している、厳しいリーグです。日本の2部のレベルは、とても高いです。特に技術的なレベルが高く、ペナルティエリア内でのプレーも素晴らしいですが、攻撃でも守備でも、エリア内でのずる賢さが不足していて、多くのブラジル人選手が助っ人としてプレーしています。

 

―非常に魅力的なリーグのようですね。

 

非常に論理的で、よく組織されていているリーグです。いくつかルールを守らなければならないというところはありますが。例えば試合の前に散水をしないといけない、といったようなものです。義務ではなくて、今度の試合(先週の土曜日、岡山での試合)についてちょうど話していたところなのですが、岡山では散水は行われない予定です。総じて非常に魅力的なリーグで、テレビでの放送や、マスメディアも素晴らしいですし、雰囲気も良いです。アウェイで15,000人、16,000人のお客さんが入った中で試合をしましたし、私たちのスタジアムでも、13,000人が入った試合がありました。

 

―サッカー面ではどうでしょうか。リーグの各クラブはどのように戦うのでしょうか。

 

それがこのリーグのまた別の良い部分でもあります。というのも、様々なスタイルのクラブがあるのです。ダイレクトプレーを好んで、ロングボールを蹴ってくるチームとも試合をしましたし、選手間のコンビネーションを活かしたサッカーをしてくるチームもいます。ペナルティエリアの外、数メートルのところまでゴールキーパーを出して、サリーダ・デ・バロン(ビルドアップ)していたりします。このリーグのことを紹介するなら、非常に素晴らしいリーグだといえますね。

 

―あなたのクラブは昇格するということを目指していますが、シーズン最初は少し心配されるような戦いぶりでした。

 

私は私の考えをもって、日本に来ました。それは間違いないことですが、人生やサッカーについて考えるとき、常に過程というものが必要になります。12月に新しい国に到着し、新しい文化に触れました。そしてプロフェッショナルとして、また家族としてもこの場所で落ち着くのに時間がかかりました。もし時間を巻き戻せるなら、違った方法でするだろうなと思うことがいくつもありますが、そのように思うのは当たり前だと思いますし、だんだんと日本や日本人選手について理解が深まってくるにつれて、足元がどんどん固まってきているなという感覚があります。

 

―日本の選手についてはどのように感じていますか。

 

ヨーロッパとは全く違いますね。日本では選手たちは非常に規律正しいです。それは良いことなのですが、ある意味では良いということです。というのも極端になりやすいというところがあるのです。私はそれを理解しなければなりませんでしたし、その環境を受け入れないといけませんでした。そのため多くのことを変えてきました。選手との関係性やコーチ陣との関係性について、毎日毎日様々な形で変えてきました。監督というのは、チームの状況についての責任者ですから、私は多くのことをする必要があったのです。

 

―シーズンのターニングポイントは、システムを変えたということではないかと思います。

 

直近9試合で、私たちはディフェンスが5人、中盤が3人、ウイングが2人というシステムを採用しましたが、安定して戦うことができ、良い結果もついてきました。このクラブがこれまで常に大切にしてきた特徴は、ポゼッションとパスによって試合を支配することでした。私はそれを最初から受け入れていましたが、同時に予測不可能である部分に対してどのように対処するか、というところにも取り組み始めました。試合を支配するということに加えて、また別の部分にも対応できるようにし始めたということです。最も強力なプレーというのは、状況を正確に判断するということなのです。すなわち、どのような場面でパスをつなぐのか、またどのような場面でスペースを目指したプレーをするのかということを判断するということです。

 

―すべてをいちから変えていくということは大変なことですよね。

 

ええ、ここまで大変でしたし、最初の日から逆風が吹いている状態でした。リーグ初戦はホームで、アディショナルタイムにゴールを決められて負けたのです。常に必要な冷静さというものも欠いた状態で、変化が進んでいくと、だんだんとネガティブな方向へ引き込まれて進んでいくことになります。幸い、今はもうその状態から脱していますよ。

 

―昇格候補と呼ばれながら、降格圏に沈んでいる時期がありました。順位表を見て悩むことはありましたか。

 

全く無かったです。クラブには目標がもちろんありますが、チームが成長するための日々のトレーニング以外のことを考えることは全くありませんでした。順位表は見ずに、試合に勝利するにふさわしい編成となるようにすることだけを考えています。

 

―それでも、監督という仕事をしていてかなりのプレッシャーを感じるのではないかと思います。ラ・レアルでの時よりも表に立つことが多い仕事ですよね。

 

ええ、例えばイマノルを見ながら、ベンチにいるということはどのようなことかを近くで感じてきて、感情的にどのような状態になるかを想像してきましたが、実際に体験するまでは本当の意味で理解することはできません。私は、監督という仕事によるプレッシャーから、挑戦しているときと同じ感情を抱いていて、とてもうまくコントロールできていると自分では感じています。リーグ序盤に悪い流れが続いていたときも、楽しんでいました。そんな時にアイトール・マイステギ(徳島で一緒に働く、サルディバル出身のフィジカルコーチ)が言った言葉を覚えています。「今、負けている状態でもこんなに僕たちは楽しんでいられるんだから、もし勝ったらどんなことを感じるんだろう」。この仕事をするうえで頭に入れておかないといけないことは、起きたことは受け入れるしかなく、常に前を見て進んでいかないといけない、ということです。

 

 ―徳島ヴォルティスは、監督としての責任を果たしていくうえでの十分なサポートをしてくれているのでしょうか。

 

ええ、徳島の人たちは本当に良くしてくれています。挨拶するためにわざわざやってきてくれたり、車から降りてきたりしてくれるサポーターもいます。また、女性のサッカーファンが非常にたくさんいることにも驚きました。バスクラ・リーガ、ヨーロッパでも増えてきてはいますが、徳島ではより歓迎されているように感じます。ああ!それから、この前のホームゲームのときには、スタンドの中にバスク州の旗を見つけましたよ。

 

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本人も徐々に手ごたえを感じてきている様子ですね。嬉しいです。

仕事があるのでポカスタでちゃんと試合を見るということがなかなかできず、DAZN観戦が多いですが・・・またスタジアムのスタンドに行って、勝った時の喜びをみんなで味わいたい。

今週末の山形戦も、仕事しながら念を送って応援します。

 

それではまた!